- 「最近、物忘れが増えた気がする」
- 「将来、認知症になったらどうしよう……」
そんな不安を感じている50代〜70代の女性の方は少なくありません。実は今、世界中の研究で「筋肉を鍛えることが、脳を若く保つ最強の処方箋になる」ということが常識になりつつあるのをご存知ですか?※1
かつて筋トレといえば「マッチョな人がするもの」「転倒予防のためにするもの」というイメージが強かったかもしれません。しかし最新の科学では、筋肉は単なる運動器ではありません。実は、脳を育てる「お薬」を作る工場であることがわかってきました。
なぜ「筋トレ 認知症」というキーワードがこれほど注目されているのでしょう? 今回は、その驚きのメカニズムをやさしく解説します。
なお、文章についている※印は、どの論文あるいは公的機関の見解に記載があるかを示します。
もくじ
筋肉は「考える臓器」だった?最新研究が解き明かす筋トレと認知症の関係
これまでの認知症研究では、脳の中に溜まる「アミロイドベータ」というゴミ(毒素)を取り除く薬の開発に力が注がれてきました。しかし、残念ながらそれだけでは不十分だということもわかってきました。※2
そこで今、世界中の専門家が注目しているのが「身体的予備能(しんたいてきよびのう)」という考え方です。これは、いわば「脳の貯金」のようなもの。たとえ脳に少し老化の兆しが見えても大丈夫。実は、体が元気なら脳の機能をしっかりと支えます。つまり、認知症の発症を遅らせることができるのです。※3
その貯金を増やすために最も効率的なのが「筋トレ」です。私たちの体にある「骨格筋(こっかくきん)」は、動かすことで脳に良い影響を与える特別な物質を出してくれるのです。いわば、「内分泌器官(ないぶんぴつきかん)」としての顔を持っているといえます。つまり、筋肉は体を動かすだけではありません。脳にメッセージを送る「考える臓器」でもあったのです。※4
脳の肥料「BDNF」を増やすコツは、週2回のスクワットに隠されていた!
筋肉を動かすと、脳にとって最高の「肥料」とも言える物質が増えることがわかっています。それが「BDNF(脳由来神経栄養因子)」です。※5
BDNFは、脳の神経細胞が死ぬのを防いだり、新しい神経のネットワークを作ったりするのを助ける、まさに「脳の若返り物質」。アルツハイマー型認知症の方の脳内では、このBDNFが著しく減っていることが知られています。※6
では、どうすればこの魔法の肥料を増やせるのでしょうか?鍵を握るのは、筋肉から出る「イリシン」というホルモンです。
- 筋トレで筋肉がギュッと収縮する。
- 筋肉から「イリシン」という物質が血液中に放出される。
- イリシンが脳に届き、「BDNF(脳の肥料)」をたくさん作るように命令を出す。※7
この「イリシン」は、ジョギングなどの有酸素運動よりも、筋肉にしっかり負荷をかける筋トレ(レジスタンス運動)によって、より効果的に脳へ届けられることが示唆されています。※8 つまり、週に2回 スクワットなどの筋トレを取り入れるのは、脳に直接栄養を送るようなものなのです。
筋肉が減ると脳も老ける?「サルコペニア」が認知症リスクを高める理由
「サルコペニア」という言葉を聞いたことはありますか?これは、加齢によって筋肉量や筋力がガクンと落ちてしまう状態のことです。※9 実は、この「筋肉の減少」と「脳の衰え」は、コインの表と裏のように密接に関係しています。
筋肉が減ると、以下のような「負のスパイラル」に陥りやすくなります。
- 脳の炎症が起きやすくなる: 筋肉には全身の炎症を抑える働きがあります。ですが、筋肉が減ると脳内で小さな「火事(炎症)」が続き、神経細胞を傷つけてしまいます。※10
- インスリンの効きが悪くなる: 筋肉は糖分を消費してくれる場所です。筋肉が減ると血糖値が不安定になります。その結果、脳のエネルギー代謝が悪くなって認知症リスクを高めます。※11
- 活動量が減る: 足腰が弱くなると外出が億劫になり、人との交流や脳への刺激が減ってしまいます。
アメリカの研究では、高齢になっても運動能力が高い人は、たとえ脳の中に認知症の原因となるゴミが溜まっていても、認知機能がしっかり保たれていたという報告があります。※12 筋肉を維持することは、脳を守る「防波堤」を築くことと同じなのです。
白質の健康がカギ!神経の「電線」を守るミエリンと筋力アップの深い関係
脳の健康を考えるとき、神経細胞そのもの(灰白質)と同じくらい大切なのが、神経同士をつなぐ「電線(白質)」の健康です。※13
神経の電線には、情報の伝達スピードを速めるための「ミエリン(髄鞘)」という絶縁体のようなカバーがついています。このミエリンがしっかりしていると、頭の回転が速くなり、テキパキと動けるようになります。逆に、ミエリンが老化してボロボロになると、物覚えが悪くなったり、思考がスローになったりします。
最新のMRI画像を使った研究では、心肺機能が高く、筋肉がしっかりしている人ほど、この「神経の電線カバー(ミエリン)」が厚く、健康に保たれていることがわかりました。※14
40代・50代のうちから筋トレを習慣にしていると、この電線の劣化を防ぐことができ、10年後、20年後の「脳の若さ」に大きな差がつくのです。
今日からできる!脳を守るための「やさしい筋トレ」3つのポイント
「よし、今日から筋トレを始めよう!」と思ったあなたへ。認知症予防のために大切なのは、激しい運動ではなく「継続」と「正しい負荷」です。
- 大きな筋肉をターゲットに: 太ももやお尻など、体の中でも大きな筋肉を鍛えると、脳に届く「イリシン」の量も増えやすくなります。まずは「スクワット」から始めてみましょう。※15
- 「ちょっときつい」が脳に効く: 楽すぎる動きでは、脳の肥料(BDNF)はなかなか増えません。「10回やって、あと2〜3回なら頑張れるかな?」と感じるくらいの負荷が理想的です。※16
- 週2〜3回で十分: 毎日やる必要はありません。筋肉が回復する時間を作ることで、より効果的に脳と体が若返ります。
まとめ
筋肉が脳を守るメカニズム、いかがでしたでしょうか?「運動は体のためだけじゃない、脳のためなんだ」と思うと、少しやる気が湧いてきませんか?
12月27日公開予定の【後編:高タンパク食編】では、せっかくの筋トレを無駄にしないための食事術についてお伝えします。実は、50代以上の方は「普通に食べているつもり」でも、脳と筋肉に必要なタンパク質が全然足りていないことが多いのです。
「何を」「いつ」「どれくらい」食べれば脳が喜ぶのか、詳しく解説しますので、お楽しみに!いいたします。
出典・参考文献 一覧
- WHO. “Risk reduction of cognitive decline and dementia: WHO guidelines.” 2019. https://www.who.int/publications/i/item/9789241550536 (世界保健機関による認知症リスク低減のためのガイドライン。身体活動が推奨の筆頭に挙げられています) ↩︎
- 2020 Lancet Commission. “Dementia prevention, intervention, and care.” https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(20)30367-6/fulltext (生活習慣の改善で認知症の約40%は予防・遅延が可能であることを示した重要報告) ↩︎
- Stern, Y. “Cognitive reserve.” Neuropsychologia. 2009. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2736110/ (脳に病理的な変化があっても機能を維持できる「認知予備能」の概念を提唱した論文) ↩︎
- Pedersen, B. K. “Muscle as a secretory organ.” Comprehensive Physiology. 2011. https://doi.org/10.1002/cphy.c100033 (筋肉が生理活性物質「マイオカイン」を分泌する内分泌器官であることを解説した基礎研究) ↩︎
- Erickson, K. I., et al. “Exercise training increases size of hippocampus and improves memory.” PNAS. 2011. https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1015950108 (運動が脳の記憶を司る海馬を大きくし、BDNFを増やすことを証明した研究) ↩︎
- Ng, T. K. S., et al. “Decreased Serum Brain-Derived Neurotrophic Factor (BDNF) Levels in Patients with Alzheimer’s Disease.” Int J Mol Sci. 2019. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6359054/ (アルツハイマー病患者でBDNFが減少していることを示したメタ分析) ↩︎
- Boström, P., et al. “A PGC1-α-dependent myokine that drives brown-fat-like development of white fat and augments urinary irisin.” Nature. 2012. https://www.nature.com/articles/nature10777 (筋肉から分泌されるホルモン「イリシン」の発見と役割に関する論文) ↩︎
- Lourenco, M. V., et al. “Exercise-linked FNDC5/irisin rescues synaptic plasticity and memory defects in Alzheimer’s models.” Nature Medicine. 2019. https://www.nature.com/articles/s41591-018-0275-4 (イリシンがアルツハイマー病による記憶障害を回復させる可能性を示した動物実験) ↩︎
- Cruz-Jentoft, A. J., et al. “Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis.” Age and Ageing. 2019. https://academic.oup.com/ageing/article/48/1/16/5126447 (サルコペニアの定義と診断基準に関する国際的なコンセンサス) ↩︎
- 10 Gleeson, M., et al. “The anti-inflammatory effects of exercise: mechanisms and implications for the prevention and treatment of disease.” Nature Reviews Immunology. 2011. https://www.nature.com/articles/nri3041 (運動が全身の炎症を抑制し、慢性疾患を予防するメカニズムの解説) ↩︎
- De Felice, F. G. “Alzheimer’s disease and insulin resistance: translating basic science into clinical applications.” J Clin Invest. 2013. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3561811/ (アルツハイマー病を「脳の糖尿病(インスリン抵抗性)」として捉える研究のレビュー) ↩︎
- Buchman, A. S., et al. “Physical activity, common brain pathologies, and cognition in community-dwelling older persons.” Neurology. 2019. https://n.neurology.org/content/92/8/e811 (Rush大学による、身体活動が高いほど脳の病変があっても認知機能が保たれることを示した研究) ↩︎
- Filley, C. M., & Fields, R. D. “White matter and cognition: making the connection.” J Neurophysiol. 2016. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5144703/ (脳の白質と認知機能の関係性を説いた論文) ↩︎
- National Institute on Aging (NIA). “Physical activity may help preserve brain’s myelin in older age.” 2023. https://www.nia.nih.gov/news/physical-activity-may-help-preserve-brains-myelin-older-age (中年期の身体活動が老年期のミエリン維持に寄与することを示したNIAの研究報告) ↩︎
- Fiatarone Singh, M. A., et al. “The Study of Mental and Resistance Training (SMART) study—resistance training and/or cognitive training in mild cognitive impairment: a randomized, double-blind, double-dummy, placebo-controlled trial.” J Am Med Dir Assoc. 2014. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25444445/ (筋トレが軽度認知障害(MCI)の改善に有効であることを示した臨床試験) ↩︎
- Herold, F., et al. “Functional and Structural Brain Changes after Resistance Training in Older Adults: A Systematic Review of Randomized Controlled Trials.” Frontiers in Behavioral Neuroscience. 2019. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6685416/ (高齢者の筋トレが脳の構造や機能に与える影響をまとめたシステマティック・レビュー) ↩︎
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